看護師転職マニュアル > ナースの派遣の"応援"で働いたら、全国の友達たくさんできたよ


ナース派遣は、紹介予定派遣と産休代替派遣が法律で解禁されていますが、ナースパワーでは「応援ナース」という6ヶ月の期限付き応援制度をもっています。月収50万円前後と高額なため全国から2,000名の応援看護師が参加しています。

私の携帯に登録している友達フォルダーには、28名が登録されています。2年前からするとほぼ倍になりました。地元長崎にいた時は、地元の友人知人を15名位入れていましたが「応援ナース」派遣であちこち行くうちにだんだん増え、今では倍になりました。
応援派遣先の職場で一緒に苦労したり、一緒に遊びにいったりでその絆も結構深い関係ばかりです。今も北海道から大阪までの友達と普通に連絡し合っています。意外と友達って増えないですよね、減ることはあっても…その意味では友達が増えたことが一番嬉しいです。
また視界がかなり広がりました。少し前まで狭い世界で過ごしていましたが、今は自分がグローバルになった気がしています。
看護師27歳(茨城県出身)
最初は初めての応援ナースということもあり、期待と同じくらいの不安がある中、6ヶ月間のICUでの勤務が始まりました。看護部長さんはとても話し掛けやすく気さくな方でした。
またこの病院で働く常勤のナースの方々も協調性があり働きやすい職場でした。寮ではネット環境が面倒な手続きなしで使えたのが非常に嬉しかったです。結局、今の病院の居心地の良さ、また慣れてきているということから新しい応援ナース先を検討しつつ、今の病院での応援ナースを延長しています。
もうすぐ今の病院に働き始めて1年が経ちます。今後も応援ナースで働きながら「自分に合った病院だ!」と感じれたら、常勤として働いていきたいと考えています。
看護師28歳(愛知県出身)
関西の病院で8ヶ月間、「都市圏応援ナース」として勤務しました。応援の期間中、やりたかった外科病棟に配属されとても勉強になりました。又、忙しい中、看護部長の指導のもと、看護発表等の機会も頂きました。
期間満了間近に、看護部長より「正職員にならないか」とのお話がありました。自分としても、まだまだ勉強したいという思いもありましたし、友達もたくさんできましたし…住めば都でこの土地も、かなり好きになっていました。
親の了解もとる事ができたので正職員として残る事を決めました。10日間程お休みを頂き海外でリフレッシュしてきます。帰ったら、正職員として又外科病棟へ復帰します。
看護師28歳(東京都出身)
転職した病院を8ヶ月で退職。それは、患者さんの死に直面する事があまりに多く、仕事に自信を無くしてしまった事が原因でした。
インターネットでナースパワーを知り、すぐに出向いたことを憶えています。看護師としての自信を取り戻す手段として、当面アルバイトも考えたのですが、敢えて忙しい環境に自分を置いてみようと、パワーから勧められた名古屋の病院に半年間応援に行くことにしました。現地面接でなく、書類審査のみということに、多少不安があったのですが、電話の向こうの看護部長のお声は明るく、非常に好感が持てました。
配属も希望どおりとなりました。看護師不足で多忙な病院でしたが伸び伸びと働く事ができました。看護部長からも応援ナースに感謝の言葉をいただき、役にたっている実感を得ることができました。
又私は地元の大学病院の来年度採用に内定しましたので、2月迄応援の期間を延長しようかと考えています。今年は自分にとって「転機の年」でした。何より自分を見つめ直す、いいきっかけを作って下さったナースパワーに感謝しています。
このページは、ナースの派遣の代表的な働き方である"応援ナース"で働いているかたに「応援ナースの魅了」をたずねたところ、多くの回答に「全国の友達たくさんできた」という、思いもよらない回答を紹介しています。